「バイオフィリックデザイン」が次の潮流に?

現在起こっているパンデミックは、自然素材を使った建築やデザインを後押しするかもしれません。バイオフィリックデザインは、人を癒し心を落ち着ける効果があるとされ、これをメインストリームに加えようという提案がなされています。

シンガポールにあるKhoo Khoo Teck Puat病院のホールに足を踏み入れると、熱帯の庭に入ったような錯覚に陥るかもしれません。中央の中庭には滝が流れ込み、屋上庭園があり、プランターボックスがあります。この病院には、従来の病院によくあるような無味乾燥さがまったくありません。その代わり、玄関口にはかぐわしい植物の香りが漂い、豊かな緑に囲まれた木の歩道があります。

この病院建築は、自然素材や自然の要素を室内空間に取り入れる「バイオフィリックデザイン」の原理をふんだんに取り入れています。「生物への愛」を意味する「バイオフィリア」は、3本立てのデザインコンセプトだと、デザイナー兼ライターのSally Coulthardは説明します。

「第1に、自然と直接触れ合える空間を確保することです。家の中を植物で埋め尽くすことや、生き生きと育つアトリウムを囲むようにオフィスビルを設計することがこれに当たります。第2の柱は、自然を連想させるさまざまな要素をできるだけ多く取り入れるということ。自然のパターン、原材料、色、生地などです。そして3つ目は、自然のリズムや外の空間と人間とがつながるような生き方、暮らし方。これは、自然光を効果的に取り入れることであったり、自然の良い眺めを建物に確保したり、季節に寄り添った暮らしをしたりすることなどです」

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写真:バイオフィリックデザインは、室内空間に自然素材や自然の要素を取り入れることに重きを置きます。写真:Shawn Ang on Unsplash.

現代の課題への答え

バイオフィリックデザインは、21世紀に起こったインダストリアルデザインへの転換や、世界中に出現しているクリーンでミニマリスト的な「ミレニアル世代の美学」を拒絶しています。人々が自然とのかけがえのないつながりを失ってしまった今だからこそバイオフィリックデザインの原理が強く求められていると、その支持者たちは訴えます。

「情報量の豊かさはバイオフィリックデザインの原則です。そのためバイオフィリックを念頭に置いてデザインされた空間は、自然の素材や生地、色を取り入れることで、自然とその空間がつながっているという感覚を作ります」と、Maureen Calamiaは言います。彼女はバイオフィリアと風水の専門家であり、本の著者でもあります。

Calamiaによると、バイオフィリックデザインを建物の設計に取り入れると、大きなメリットがあります。自然を空間に取り入れることで生産性が上がり、集中力が高まり、インスピレーションや創造性が活性化することが研究でも明らかになっています。自然を職場に取り入れることで、離職率と欠勤率が下がり、士気の向上にもつながります。

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写真:バイオフィリックデザインは生産性と集中力を高めることが研究で示されています。写真: Fabian Irsara on Unsplash.

木材の重要性

木はバイオフィリックデザインの重要な要素です。アトランタデザインフェスティバルと提携してバイオフィリア・ポスターコンペを運営しているBrand Culture社のシニアコンサルタント、Alice Goldsmithはこう話します。「木材を使うことは、自然を直接体験し、身の回りに自然なデザインを持つということです。すると人は、地に足がついたような感覚を持てるんです」。こうした理由から、バイオフィリックデザインを取り入れた建築とインテリアデザインにはいずれも木材が使われています。

実際、木材は直接または間接的な要素として、バイオフィリックデザインに取り入れることができます。人間は木の木目を「潜在意識レベルでも認識する」ため、木製の机やフローリング、その他の建築要素は重要なバイオフィリックデザイン要素になり得ると、先ほどのCalamiaは説明しています。

2006年にブリティッシュコロンビア大学が行った研究では、人工的な素材をほとんど使わず自然の景色が見える「完全に木が主役になっている」部屋が、被験者から最も高い評価を得ました。一方、日本の研究者チームによる2005年の研究では、木材と鉄板を比較した結果、生理的にも心理的にも、木材のほうが良いことがわかりました。

木材には、抑うつ感と気分の落ち込みを低減し、血圧を下げる効果が認められましたが、鉄製の板の場合、3つの指標すべてで増加と上昇が見られたのです。

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写真:専門家によると、木材を使うことで自然を直接体験でき、地に足がついた感じになるといいます。写真:Laura Cleffmann on Unsplash.

ニューノーマルに向けたバイオフィリックデザイン

新型コロナウイルスの流行、および世界がニューノーマルへ移行しつつあることを考えると、バイオフィリックデザインを採用する事例は世界でますます増えるものと予想されます。

「人々が家に閉じこもるようになると、周囲の環境を見渡して、どうすれば家の中で屋外の感覚を再現できるかと考えるようになります」とGoldsmithは言います。病院から生まれたトレンドが、人々にインスピレーションを与えています。

「多くの病院がバイオフィリックデザインを採用しています」と彼女は付け加えます。「患者は窓のある部屋の方が治りが早い、というのはバイオフィリックデザインの1つのシンプルな例です。デザインが健康を促進するために使われている、ということです」

バイオフィリアを採用した病院から報告されている数字が、それを物語っています。健康デザイン会社のオリバー・ヘルス・デザインによると、バイオフィリアを取り入れた病院では、患者の術後の回復期間が8.5 %短縮され、また痛み止めの使用量は22 %削減されたといいます。

バイオフィリックデザインの取り組みは、人々が家に自然を取り入れるという小さなことから始まると、専門家は考えています。家に植物を増やす、日中は人工照明を太陽光に置き換える、さまざまなデザインの木材を取り入れる、といったことです。

 「もし暮らしの中で違和感や課題を感じたら、自分の空間を1つの道具に見立てて、何が問題なのか追究してみれば良いのです。自分の空間を観察することで、その中で何が起こっているのかを知ることができるでしょう」とCalamiaは言います。

折しも今、世界は先行きの見えない重苦しい空気に包まれています。自然に一歩近づく、このバイオフィリックデザインこそ、この時代を乗り切るために必要なものなのかもしれません。

文:Lorelei Yang

メイン写真:Harshana Peiris on Unsplash

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